楽をするための代償
Posted on October 10, 2007, by mersy, under 考えたこと.
金ですべてが解決できるとは言いませんが、
かなりの部分は解決できてしまうんじゃないかと。
金がなくても、自分の努力なり学習で解決できることもあるのでは?とも思います。
いきなりなんのこっちゃ?という話なわけですが。
とりあえず思いつきを忘れないためにも文章にした感じです。
移動を例に考えてみる
例えば移動というのは歩いたらただだけど、時間もかかるし、疲れるし。
今となっては現実的ではないですよね。
ということでいくらかお金を払って電車にのったり、バスに乗ったりするわけです。
もっと自分の思い通りにしようと思えばタクシーに乗ればよいわけです。
ご存じのようにタクシーは電車やバスより基本的に高いですよね。
タクシーはひろったり、よんだりしないと乗れないというのがあるので、
この不便さを解消したいと思えば自分で車をもてばよいということになりますね。
車をこえて、というと現実味が少しなくなってくるので、このあたりで止めておきますが。
ここまでの事をやろうと思えばお金さえ出せば解決出来ます。
車を運転しようとおもえば、免許が必要になりますので、
それなりに学習して免許をとる必要があります。
その結果として楽という快適な体験を得ることが出来るはずです。
思い通りにできる、と言い換えることもできそうです。
自分の仕事とクライアントの関係で考えてみる
websiteを使ってやりたいことがあるとします。
この場合自分でゼロから学習していては時間がないという事もあるかもしれません。
本業に対して、学習することが負担になっていてはまず学習するという選択肢はとらないと思います。
そのために人を1人雇うか、外注するか。
そこでコストから判断するわけです。
先述のバスor電車、電車orタクシーに近い選択肢かもしれません。
意思疎通がしやすいけど、人件費は高い。
意思疎通は外部な分若干おとるけど、費用対効果はよい。
やりたいことをやろうとおもったときは、結局この決断になるのでは?と
ふとMovableTypeの案件を考えながら、ふと思ったので。
まぁ、今回に限らずいつでも考えていることなんだとおもうのですが。
1からHTMLを書いたりしてれば大変なので、少しでも楽に、ということでCMSを使うという選択肢があると思います。
一定額の中で、ある程度簡単に行えるように(楽)するために制限がかかります。
ただ、その制限を出来る限り取っ払いつつ、楽をしたいと思うのであれば、カスタマイズが必要になります。
そこにはもちろんコストが発生するわけです。
(安く、高機能なカスタマイズを出来るように努力することは当然必要です)
ただ追加コストは発生させたくないけど、少しでも思い通りにしたい、楽したい、ということになれば
自分で勉強するしかないと思うわけです。
HTMLやCSSをすべて覚えるとかは必要ないかもしれませんが、
何も知らないよりは、少しでも知っていれば、可能性がかなり広がるのではないか?と思ったわけです。
コストをかければ少しはハッピーに
やりたいことがあるんだったら、それなりにコストをかけるべき、
という考えもなくはないのですが、
そこのコストが本当に適正なのかという明確なモノがまだまだないだけにいいきれないかなと。
コストは下げたい。でもやりたいこともやりたい。
という一挙両得は無理なんじゃないのかな?と思うわけです。
色々な流れの中で、コストはどんどん下がっていると思います。
例えばmixi
例えば、mixiのリデザインが使いにくいとか色々あるわけですが。
広告収入があるから、mixiは無料で使えています。
オプションもありますが。
無料だったらなんでもありなのか!?という事にもなってしまいそうですが、
そういうことではなくて、無料であるということを忘れがちなのでは?と自分自身が気づいた所がありました。
例えばセミナー
セミナーも無料だから有料だから、という議論が出たりもしました。
有料なんだから、○○○円なんだから、という話とかにもなったりしました。
こちらは少し毛色は違いますが。
例えばレンタルサーバー
やすかろうはやはり安かろうなかんじですね。
容量だけみていれば、痛い目に遭うこともあったりしますし。
値段が高いモノは基本的に快適さを得られることが多いと思います。
高いモノにも外れはありますが。
安いモノより外れを引く確率は低いはずです。
日々色々なものが進歩して安くなってる中で
使いにくいとか、常識からずれてるとか、1意見をいうことも重要ですが、
不満を言うのは一番簡単ではないかと思います。
それをやるためにどれだけのコストとかがかかるか?
とか
無料だと言うことを認識しているか?
とか
いままでどれだけのメリットがあったのか?
ということをちょっとたちどまって考え直してみてもいいのかも?
と思ったりしたわけです。
いかに自分がそれを忘れているかに気づいたので。
忘れて不満を言っていることもあるはずだと。
コスト=金=生活
なんども言うようですが、コスト的なものは下がる一方なわけですが。
コストが発生しているものはすべて誰かしらの生活につながっていると思うんですよね。
そこで生まれたコストが誰かの生活の糧になってる。
無料が常識になってしまえば、そこから社会のバランスが崩れてしまうのでは?
とも思ったりしたわけです。(かなり大げさですが)
コストは下げるべきなのかもしれないというのはありますが、
ゼロはないかな?というのもあります。
(んじゃいくらなら?と言うのが言い切れないので、
まだ適正なものを見つけられていないわけです。)
自分のうけてる仕事が安いとか高いとかではなくて、
その仕事にやりがいを感じたり、その人のためにやりたいかどうか?
でコストも変わるはずなのでいくらが適正か?というのは必ずしもなく。
有料が必ず良い、高い方が良い、ということでもないというのもあります。
インターネット対本・雑誌・新聞etc
インターネットにある情報は基本的に無料ですが、
その信憑性は有料の情報にはおとることもあると思います。
インターネットの性質として、有料の情報にはないメリットもありますが、
それは情報の中身ではなくて、環境の話になるところもあるのでおいとくとして。
本や雑誌、新聞といった有料の情報が必ずしもインターネットの情報より
価値があるとも言い切れませんが、
総合的に見れば、現時点では本など有料の情報に分があると思います。
仕事があればプロがいる
どんな仕事でもプロがいるとおもいますし、専門にしている人がいると思うんです。
プロがいない仕事はないのではないかと思います。
ここで最初の楽するために、という事に戻るわけですが。
同じコストでいかに楽できるモノを提供できるか?という話になってくるわけです。
そこからは競合他社との勝負になるんでしょう。
学習してもらう、という選択肢は楽かもしれませんが、
これで飯を食っているのであれば、
まずはその費用対効果をあげる努力はこれからもっとしないといけないなぁと、
再認識しつつ、
物事のそこ、しか見てないのはほとんどみえてないのと同じで、
とりあえず周りを見るだけの努力も必要かな?と思ったりしたわけです。
そういう習慣つければ広く物事を見られるようにもなるのかな?と。


